東方明珠電視塔

上海

東方明珠電視塔

上海


宇宙時代の雰囲気を漂わせる東方明珠電視塔は、賑やかな上海浦東地区に立ち並ぶ数々の象徴的な建物の中でも、ひときわ大きな存在感を放っています。そして宇宙を旅するなら、このタワーに張り巡らされた先進的なオーチス®エレベーターのネットワークを利用するのが一番です。

タワーの特徴は3本の柱に沿ってつながった、さまざまなサイズの11個の鋼鉄製の球体。タワーの基部は3本の斜めになった柱で支えられています。夜にはこの地区の名高い高層ビル群を背景に、3Dライトショーがタワーを照らします。

回転するレストラン、ショッピングセンター、ホテル、さらにはローラーコースターまで、さまざまなアトラクションを目当てに推定で年間280万人の観光客がタワーを訪れます。

その未来的な構造にふさわしく、球体には惑星間旅行を思わせる名前が付けられています。一番高い場所にある展望台が「Space Module(宇宙船室)」、一番下にある展望台が「Space City(宇宙都市)」です。5つの小型の球体ではホテル「Space Hotel(宇宙ホテル)」が営業中です。

一番下の展望階である高さ90メートルのSpace Cityに到達するには、秒速2.5メートルで移動するオーチスの円形ガラス製エレベーターに乗る必要があります。この速度のおかげで、乗客は余裕を持って景色を楽しめます。

オープン時、タワーには中国で最初のダブルデッキエレベーターが採用されました。昇降路を減らして貴重なコアスペースを空けることで建物の乗客処理能力を高める、オーチスが発明したテクノロジーです。

その後オーチスが4台のエレベーターを追加。現在は最新化プロジェクトの一環として、乗客処理能力を3分の1近く向上させるために、2台のシングルデッキエレベーターをダブルデッキに転換中です。

Otis Icon Metres
468

メートル

Otis Icon Metres
11

鋼鉄の球体

Otis Icon Metres
32

大小の真珠

中国で最も影響力を持つ建築家であり都市計画家であるウー・リャンヨンは、このタワーのデザインが、ある唐代の詩の一節を思い起こさせると言いました。その詩の内容は「大小の真珠」が玉の盆に落ちる音に思いを馳せるというものです。

しかしタワーの主任設計者であるジャン・フアンチェンは、この「琵琶行」の詩のことは知らなかったと言い、自らのデザインをよりありふれた言葉で「3本の脚、1つの椀、1本の傘」と表現しています

上海の歴史

上海市歴史博物館のコレクションの一部が、タワーの台座部分にある展示室に収められています。このコレクションによって、1843年に国際港として開港してから1949年に共産党が勝利を収めるまでの街の歴史を辿ることができます。

博物館は現在常設の施設を持たず、残りのコレクションは上海の他の博物館で見ることができます。

東方明珠電視塔の基本情報

1994年に完成した東方明珠電視塔は、浦東地区でオーチスが関わったもうひとつのプロジェクトである上海ワールド・フィナンシャル・センター(492メートル)に2007年に抜かれるまで、中国で最も高い構造物の座を維持していました。

タワーはその後もラジオ・テレビ塔としての役割を果たし続け、約30のテレビ・ラジオ局のために上海全域に信号を送信しています。

台のオーチス®製エレベーター

台のGen2®エレベーター

Oriental Pearl Tower Line Drawing

完成

1994年

中国で最も高い建物だった期間

1994-2007

設計者

上海現代建築設計(集団)公司